医療コラム
『飛行機内で急病患者が出たら(その2)』
現在月1本のペースで書いているこのコラム、意外にも読んでくださっている方は多いようで、診察時に患者様との会話に出てくることがあります。もちろん私も読んで頂くために書いているので、非常にうれしく思います。読んでみてご不明の点などがありましたら、遠慮なくご質問頂ければと思います。
さて本題、先月書いた「飛行機内で急病患者が出たら」の続きです。実はこの飛行機内救急ネタ、実際に乗り合わせたときどういう対応をするか、というテーマは医者の間でしばしば話題になります。私がなんとなく持っているイメージですが、医者になりたての研修医時代は、ローテーションで様々な診療科を経験したり、指導医の監視の下で夜間の救急外来を受け持ったりしますし、医者になった高揚感、矜持もあるので、積極的に名乗り出る人が多い印象です。逆に経験が進み専門分野に特化するようになると、自分の得意でない疾患だと対応できないことや、この後記載する訴訟リスクなどを理由に、徐々にためらいが出始めるようです。
学生時代にこんな出来事がありました。その日は大学主催の駅伝大会があり、学生だけでなく職員も参加できるとあって、かなりの数のチームがエントリーしていました。スタート後、あるチームの伴走者が自転車で転倒し、意識がなくなるという出来事がありました。この時、私はたまたまその場に居合わせたのですが、同じく居合わせたのが整形外科チームと眼科チームでした。その両チームのメンバーは、その転倒者を見てちょっと診察らしきことをするとまもなく「救急車呼んで」と大声で叫びました。まだ学生だった私は、医者なのになんで自分でやらないんだろう、と思ったのを今でもはっきり覚えています。今となっては、これは至極当たり前の対応だとわかります。目の前で意識消失した人がいれば、まず助けを呼び、設備の整った医療機関に搬送するのは鉄則です。ただ、救急対応が得意な医師であれば、その場で助けを呼ぶと同時に、応急処置などもう少しできることがあったのではないかとも思います。
このエピソードは、飛行機内でも同様と思われます。どんな疾患でも診れる医者は存在しません。ですから、なんの役にも立てない可能性を恐れて初めから名乗り出ないと決めている医者は結構います。過去には飛行機内で診療に当たった善意の医師が、診療行為が不適切だったとして乗客に訴えられたこともあり、そんな「恩を仇で返す」ようなことをされる可能性があるなら手を挙げない、と考えている医者もいます。他にも、プライベートの旅行中に仕事を思い出したくない、とか、たまたま機内サービスのアルコールで酔っ払ってしまっていたら、正確な判断を下せない可能性がある、との理由で名乗り出ない、ということもあります。
これらの考えはある意味説得力があり、何ら非難されるものではないと思います。ただ私は、実際に訴訟に巻き込まれる経験をしない限りは、対応できるできないに関わらず手を挙げるつもりです。どんな疾患でも診れる医者は存在しない、と書きましたが、総合診療医として仕事をしている以上、少しでも対応できる分野を増やしていく努力は続けていきたいと思っています。