医療コラム
『飛行機内で急病患者が出たら(その1)』
まずお知らせです。クリニックのあるTrinh Cong Son(チンコンソン)通りが、10月から毎週末(金土の夜、日曜は昼過ぎから)歩行者天国になります。Trinh Cong Sonさんはベトナムの国民的シンガーソングライターで、日本でも加藤登紀子さんや天童よしみさんが彼の楽曲を歌っています。歩行者天国では、彼にちなんで屋外ステージ、芸術スペースが設けられ、飲食品・土産物などの販売ブースも並ぶそうです。確かに、最近は通りの至る所で工事が進んでいます。通りの南端にはウォーターパークという遊園地もあり、ちょっとした観光名所になるかも。歩行者天国の時間帯は診療時間でないことが多いですが、お越しの際はいざという時のためにクリニックの場所もご確認頂ければと思います |
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さて本題です。7月下旬から8月にかけて、一時帰国や旅行などで飛行機に搭乗された方は多いと思います。そこで今回から数回に亘って飛行機にまつわる話題を取り上げます。早速ですが、搭乗中に「お客様の中にお医者様はいらっしゃいますか」というアナウンスを聴いたことはありますか?ドラマのワンシーンなどでご存知の方も多いと思いますが、飛行中の機内で体調を崩した方が出た時に流れるアナウンスです。飛行機内での急病発生は600便に1便というデータがあります。そしてこういったケースでは、まず乗務員が航空会社毎に契約している地上の医師に無線で相談して対処すると思われますので、実際にこのアナウンスが流れるのはもっと少ない頻度でしょう。
実は私、生まれてから何回飛行機に乗ったかを記録していて、医者になってからの搭乗回数は約180回でした。上記データに基づくと、急病発生でさえ0.3回ですから、アナウンスだったら1回も聞いたことがなくてもおかしくないのですが、なんと3回も遭遇したことがあります。それぞれタヒチ-ハワイ、羽田-釧路、バンクーバー-成田便でした。前2回は他の医師が名乗り出たため、船頭多くして船山に登るを避けるべく、もし手が必要なら呼んでくださいとキャビンアテンダント(CA)に伝えただけで何もせず終了でした。しかし最後の太平洋横断便では他に医師がおらず、私が対応することになりました。
名乗り出た時点でCAに症状を聞くと、プライバシーの観点からお答えできません、まずは来てくださいとのつれない返事。行ってみると、ビジネスクラスのシートで比較的若い外国人の方が意識を失って痙攣していました。痙攣の場合、基本はまず止めること(子供の熱性痙攣はちょっと異なります)なので、救急ボックスを持ってきてほしいと伝えましたが、ボックスを開けるには私が医師であることを確認する必要があるとのこと。米国の医師であればクレジットカードサイズのライセンスを携帯しているのですが、日本の医師免状は表彰状サイズで、普通携帯しません。結局救急ボックスは使えず、どうしたものかと考えていると、今度は緊急着陸の相談が。アラスカのアンカレジに着陸できるとのこと。これは困りました。痙攣が続いていて止める術がない以上、何らかの対応が必要なのは間違いありませんが、飛行機を緊急着陸させていいものか。機内には2-300人の乗客がいて、成田到着後に急ぎの用事がある人もいるでしょうし、乗り継ぎ便のある人もいるでしょう。診察も治療もろくにできないのにそんなこと決められるわけないやん、と思っていると、幸運にもその方の痙攣が一瞬止まり、わずかに意識が戻りました。若い方の痙攣はたいてい持病があるので、この間に少し話をすると、どうやら常用薬が原因の低血糖発作のようでした。すぐにCAにオレンジジュースを持ってきてもらい、飲んでもらうとだいぶ意識がはっきりしてきました。低血糖発作であれば少なくとも緊急着陸までは不要なので、これでお役御免となりました。ちなみにアナウンスからここまでせいぜい10分間くらいの出来事だったと思います。
こんな感じで、医者も患者さんと話ができず医療機器もないとなるとそうそううまくは立ち回れません。となると、全身性疾患、内科系疾患に不慣れな、例えば眼科や精神科の医師が飛行機に乗り合わせたらどうするのか?では内科系や外科系の医師ならアナウンスが流れると条件反射で必ず名乗り出るのか?機内での飲酒で酔っ払った医者はどうするのか?などなどについて、ちょっと長くなってしまったので、次回以降で書いてみたいと思います。